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名古屋高等裁判所 昭和32年(ラ)97号 決定 1957年12月12日

再抗告人 広瀬たね

訴訟代理人 田中喜一

相手方 後藤茂

主文

原決定を取消す。

本件を岐阜地方裁判所に差戻す。

理由

本件再抗告の理由は別紙のとおりである。

再抗告理由第一点について

所論は原決定が「再抗告人が原審において主張した執行文付与についての不備欠陥を看過した建物収去命令は違法であるとの抗告理由は、右建物収去命令に対する抗告の理由に該らない」として抗告を棄却したのは、決定に影響を及ぼすこと明らかな法律違背があるというにある。

およそ民事訴訟法第七百三十三条所定のいわゆる授権決定は一般の執行要件及び代替執行の要件を審査し、右要件を具備することを認めた上で発すべきことは、まさに再抗告代理人の主張するとおりである。そこで債務名義に執行文が付与されているか否かは一般の執行要件にあたること明らかであるから、授権決定をなすに当つては執行文付与の手続に不備欠陥があるか否かを審査すべきものである。従つて執行文付与の手続に不備欠陥があるにもかかわらずこれを看過して授権決定が発せられた場合には特別の規定のない以上これを理由として右決定に対し抗告をなしうるというべきである。

もつとも執行文付与に対する不服として執行文付与に対する異議乃至執行文付与に対する訴の方法が認められているがそのことは執行債務者のため手続がそれ以上の段階へ進行するのを待つ迄もなく直にその段階において不服申立を許すというだけのことであつて、その後の手続において執行文付与の瑕疵を理由とする場合は該手続自体の瑕疵に対する不服理由と分離して特に別途に執行文付与に対する異議乃至訴によらしめ、当該手続に対する不服理由とすることを禁止すべき法理上竝に実際上の必要は認められないのみならず、却つて執行文付与に対する瑕疵がその後の手続に際し発見せられた場合に執行債務者が任意執行文付与に対する異議乃至訴の方法によつて保護を求めるのは兎も角手続自体の瑕疵に対する不服申立の外別に新に執行文付与に対する不服の手続を強制するが如きは徒に手続の煩雑化を強制するものとさえいえるのである。従つて執行文付与に対する不服はその利益の存する限りその後の手続に対し他の不服理由と共に若くわ単独にこれをなしうるものと解するのが相当である。而して本件授権決定に対しても再抗告人が執行文付与に対する不服申立をするについてその利益を有することは明かであるから原審の見解は法律の解釈を誤つたものとなさざるを得ない。

そして原決定の法律違背は決定に影響を及ぼすこと明らかであるから、本件再抗告は爾余の点につき判断をなすまでもなく理由がある。よつて原決定を取消し、民事訴訟法第四百十三条第四百十四条但書第四百七条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山田市平 裁判官 山口正夫 裁判官 黒木美朝)

再抗告の理由

原決定は再抗告人が抗告状において主張した抗告理由はいずれも建物収去命令に対する抗告の理由に該らないとして抗告を棄却したがこれは法律解釈を誤つたことに基因するもので、原決定には決定に影響を及ぼすこと明らかな法律違背がある。

第一点凡そ建物収去命令を発するにはA一般の要件、B代替執行の要件の存否を審査し右要件を具備することを認めた上始めて建物の収去命令を発することができる。そして岐阜簡易裁判所においては右Aの要件が具備していないのに拘らず、右命令を発したので抗告の申立をなした。そこで執行文の付与は一般の執行要件であり、これについて不備欠陥が存するにおいては右収去命令を発することはできない、従つてこの執行文の付与についての不備欠陥を看過した収去命令に対してはこれを採つて以て抗告理由とすることは許されねばならない。例えば別途執行文の付与に対する異議の方法が与えられているからとて、これを抗告の理由として主張できないということにはならない。建物収去命令が強制執行手続なる一連の行為のその一部ではあるが強制執行手続は一定の順序を経て順次連鎖発展するものである。従つて前行手続の不備欠陥は後に発展する後行手続に必ず影響を及ぼすから、前行手続の不備欠陥を後行手続において主張しその是正を求め、これによつて発展していく後行手続をくいとめていくことも適法である、原決定にいうように執行文の付与に対する異議事由をもつて授権決定の違法を争うことが許されないとの解釈は相当でない。

第二点原審において再抗告人の主張した民事訴訟法第五百十八条第二項の条件が具備していないことから、建物収去命令が発し得ないとの主張は、右一般の執行要件の欠陥を指摘しているのであり、建物収去命令自体の不備欠陥を理由としている。従つてこの不備欠陥をとらえてもつて右収去命令の抗告理由とすることは許される。

再抗告人は本件調停調書中条項第九項の土地使用損害金を三回以上怠つていない。すなわち右条項の条件が成就していないことを指摘し抗告したものでこれは一般の執行要件に誤がないから抗告理由とならないとの判断で抗告を斥けられるのならば納得できるし、右条件が成就したとの認定のもとに抗告が棄却せられるならばそれで満足する。原決定のごとくただ実体上の当否に関する理由をもつて授権決定の当否を争うことを得ないとの形式的判断では違法である。

第三点仮りに再抗告人の主張が調停成立後の実体的事由であるとしても、これが建物収去命令に対する抗告の理由となし得ないということも直ちに理解し得ない、民事訴訟法第五百十六条は調停調書自体の執行力を排除するための救済方法である。これは訴によることができるというだけでこの訴が唯一の方法ではない、そして本件は建物収去命令自体の適否を争つている。何も調停調書自体の執行力の排除を求めていない。従つて調停調書の内容に盛られた調停条項の成否に関するその後の実体的理由をもつて建物収去命令の適否に関する抗告の理由とすることは許されねばならない。又その主張は前記の一般執行要件の不備欠陥を指摘しているからよろしく実質的な判断を加えるのが相当である、原決定の此の点についての判断は適法でないことに帰する。

以上要するに原決定は民事訴訟法第七百三十三条第五百十八条第五百四十六条等の解釈を誤つた違法があり、これは原決定に影響を及ぼすこと明らかであるから原決定の取消を求める。

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